第6回 ますや旅館に宿泊した有名人  宮原 豊氏 H26年6月

 

田沢温泉は東山道が開かれた飛鳥時代に開湯、寛延2年(1749年)に「温泉は上田藩から中村の直営になった」という記録があります。昔から農閑期に上小・佐久・筑摩からの湯治客で賑わい、大正期には都会からの避暑客も訪れるようになり、記録によれば宿泊客数は大正4年に52,000人、同10年代は年間10万人を超えていたそうです。

 

「破戒」、「夜明け前」などで知られる明治の文豪 島崎藤村は、小諸義塾の英語教師をしていた明治34年にますや旅館に逗留しました。ますや旅館は大正6年に本館・新館が増改築されたが、旧館3階の藤村の泊まった部屋は今も当時のまま残されています。

 

 

大正10年に「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄(咢堂)翁が、また大正12年には同じく日本の憲政史上に大きな足跡を残し後に内閣総理大臣になる犬養毅翁が宿泊しました。全国的にも人気絶大な尾崎や犬養といって大物政治家がなぜ田沢温泉を訪れたのか。大正デモクラシーの時代に、政府主導による青年会運動とは一線を画す形で小県郡の進歩的な青年たちが結成した信濃黎明会が、当時中央で長州閥打破・憲政擁護運動の論陣を張っていた尾崎や犬養を弁士として上田・小県に招いたのです。