第6回 青木村の養蚕業について 

 かつて村を潤した養蚕業について前会長の尾和さんがお話しします。ふるってご参加ください。

日時:11月26日(土) 15:00~18:00

場所:湯島「萬神居」

発表者:尾和剛一氏

内容:「青木村の養蚕業について」

会費:4,500

★連絡先 宮原 豊氏

 

第3回 青木精神と歴代村長の系譜  -小林直次郎の影響-

123日に第3回「故郷の歴史同好会」を開催、13名が参加して表題のテーマで楽しくかつ真剣に意見交換しました。

 

報告者の小林慶三氏は、綿密な資料渉猟の結果を簡潔に纏め、口頭で補足して示唆に富んだ報告をしました。又、高橋福幸氏は、該博な村史の知識で報告内容を深く掘り下げました。

 

 明治22年青木村成立から現北村村長まで20代の各村長の業績につき、主に小林直次郎村長(12代)の活動に照準を当てて、時代背景の中で村民をリードするのにどのような苦労があったかに思いを馳せました。議論の過程で有意義な知識も得られました。

 以下に内容の一部を紹介します。

 

1)小林村長時代に発刊された「青木時報」(昭和35年まで通算392号刊行)は、時々の政治状況や社会風潮の中で、時には権力に抗いながらも村民世論をリードする貴重なオピニオン紙として存続した。

 プロレタリア俳人栗林一石路も一時編集や執筆に携わっている。

2)「青木小学校」は、明治19年の小学校令により4つの学校が統合されて発足したが、新校

  舎の立地は長い間の懸案で、現在の場所に完成したのは、昭和17年のことである。「青

  木」の名は村名よりも古く、小林村長作詞の村歌「常磐の緑」は元来青木小学校歌。

 前回テーマの満蒙開拓団へは、青木村からも数名が参加しているが、経緯は不明。

第2回 満蒙開拓団と青木精神

1024日に第2回「故郷の歴史同好会」を開催(12名)し、「満蒙開拓団と青木村」をテーマに櫻田喜貢穂氏の報告の後意見を交換しました。

 

満蒙開拓団は、昭和6年~終戦の20年に至るまで、国策として全国から22万人以上が中国東北部と内モンゴルに送り込まれ、長野県は全国でも断トツの3万人以上が入植しましたが、青木村からは送り込まれていません。

 

報告者はこの事実を分析し、青木村が開拓団を送らなかった事情について次のような見解を述べました。

  1. 農民一揆の伝統、義民精神が伝統的精神風土として存在。

  2. 「青木時報」の存在。

  3. 国策を先導・扇動する国に都合のよい中心人物が現れなかったのか、むしろ村のリーダー(中心人物)は①や②により国策に乗らない方向を志向したのではないか。

     

    当時の村のリーダーや青木時報についてもう少し関連情報を研究することが必要との考えから、次回テーマとして掘り下げることとなりました。

    櫻田氏の報告資料は伝言板の「故郷の歴史同好会② 資料」をご覧ください。


第1回 同好会の運営方針決定

81日に第1回「故郷の歴史同好会」を開催し、会の運営方針や今後の開催計画(テーマ等)について話し合い、和気あいあいと楽しく有意義な時間を共有することができました。決定事項は以下のとおりですが、意見交換の概要は、伝言板「コメント7」をご覧ください。


1.出席者:10

2.会費:飲食代4,000円+通信費 500円(今後も原則として4,500円とします。)

3.確認事項

会の運営方針・・・自主運営。

(1)連絡体制など確認・・・昭和20年代生(櫻田、宮原、山本)が主に担う。

(2)飲食代はその都度精算する。

(3)通信費等は会合毎に参加者から500円程度を徴収、幹事が記帳・管理する。

開催頻度・・・3か月に1回程度

報告・・・東京青木会HP上「故郷の歴史同好会」に掲載。

4.「郷土の偉人:小林直次郎家4代記」(高橋福幸氏による解説)